「企業は社会の公器」との言葉は、松下幸之助やドラッカーが述べています。
また、商売が売り手と買い手だけでは無いという考え方は「三方よし」に顕れている近江商人から続く考え方です。
企業は社会の中でどのような存在であるのか?
この問いをひもとくために、ドラッカーに立ち戻ってみましょう。
マネジメントという領域はドラッカーが、創始したと言っても過言ではありません。
マネジメントにおける知の巨人です。
では、ドラッカーがマネジメントに最初に取り組む際、参考にしたものは何なのでしょうか?
それが、ご紹介する「メアリー・パーカー・フォレット」です。
ドラッカーは注目する経営学者として3人を挙げています。そのうちの一人がフォレットです。
ドラッカーがマネジメントに取り組む際、非常に影響を受けた人となります。
メアリー・パーカー・フォレット
1868年(明治元年)~1933年(昭和8年)
ドラッカーは、フォレットの死後となる1950年代にマネジメントを志し、彼女の論文・著作をひもといたということです。
今回ご紹介する本は、
「M・P・フォレット 管理の予言者」です。
ドラッカーが序説を書き、その序説の標題がそのまま書名となりました。
フォレットの主張は、数多く示唆に富むものがあります。
ここでは、社会における企業に着目します。
本書の第11章「社会におけるビジネス」は、1925年(大正14年)11月のフォレットの講演を元にしています。
そこでは、
企業は人のためになる(altruism:利他主義)活動そのものが社会に対する奉仕(Service)である、
と説いています。
企業活動は金儲けだけではない。
企業活動とは別に社会に向けた活動を行う、ということでも無い。
社会の中に企業があり、企業は社会の機能の一つであり、企業は社会の機能・責任を果たす、
といったことを説いています。
フォレットの論じたことは、この本で概観できるかもしれません。
和訳については何冊かがなされていますが、創造性や社会国家に向けた内容など、本の表題や章立てのテーマからは身近に感じることができないところにも、ビジネスや個人の成長、組織のありかた、など示唆に富むところが数多くあります。
例えば、コンフリクトは相反すべき物では無く統合すべき物である、といったことなどです。
脱線しますが、二宮尊徳の一円観、善悪、禍福などのひとつの円に入れて考える、つまりは統合することにも通じています。
この本をきっかけにして、フォレットの説、その世界に触れてみてはいかがでしょうか。